あるパーティーで会ったアメリカ人がこんなことを言っていました。
 
「私は外国語を学ぶ必要がない。だって、よその国の人は、みんな英語を話してくれるから。」
「私の役割は、彼らの英語を理解することと、彼らにわかりやすい英語を話すこと。」
 
これを聞いて私は改めて、コミュニケーションは対等な立場に立ったうえでの役割分担なんだ、と納得すると同時に、そりゃそうだよな、と妙に腑に落ちる思いがしました。
 
だって、こっちはわざわざあちらの言葉(英語)を苦労しながらしゃべってるわけです。
 
だったら、ネイティブスピーカー側だって、一生懸命聞いて理解しようと努めるとか、ノン・ネイティブにもわかりやすい言葉を使って話すのが筋ってもんだよね、と。
 
日常的に国際ビジネスに関わっているわけではない彼女からこの言葉を聞いて、なかなかグローバルなセンスのある人だなあと感心したのをおぼえています。
 
英語はもはやネイティブスピーカーだけのものではなく、世界中の人が話す言葉なのだから、自分たちが話す言葉をそのまま押し付けても良いコミュニケーションはできないということを、彼女は理解しているんだなあと。
 
もちろん、彼女のような人ばかりではありません。中にはこちらが一生懸命話している英語を小馬鹿にするような人もいます。
 
彼らの国で、彼らが普通の生活をしている場では、自分たちの言葉を好きにしゃべるのは当然のことです。
 
でも、例えば国際ビジネスの場などで、ネイティブとノン・ネイティブがコミュニケーションを取るときには、お互いの歩み寄りが必要ですよね。ネイティブが、「自分の話してることが分からないのはお前が悪い」的な態度を取るのはフェアじゃないと思うのです。
 
だからこちらも、「一生懸命話すから、あなたも一生懸命わかろうとしなさいよ」くらいの気持ちで臨めばいいし、
ネイティブが使った言葉が難しくてわからなければ、「それは何?」と聞けばいいし、
早口で聞き取りにくければ、「もっとゆっくり話して」とリクエストすればいいと私は思っています。
 
お互いがそれぞれ対等な立場に立ったうえで、伝えよう、理解しようというスタンスを持って向かい合うことがコミュニケーションの土台。。。考えてみれば、これは英語に限らず、どんなコミュニケーションにも言えることですね。