少し前の話になりますが、今年の春、子どもたちを連れて東京に遊びに行きました。子どもたちにとっては初東京だったので、スカイツリーとか、上野動物園とか。スカイツリーの展望室に上って、一番興奮していたのは多分私。文字通りおのぼりさんを満喫しました。

スカイツリーで遊び終わって、地下鉄でホテルまで移動しようとしていた時のことです。

春休み中の夕方の時間帯ということもあり、地下鉄の駅は混み合っていて、どの券売機も長い列ができていました。で、私が並んだ列がなかなか進まない。

何だろうと思って先頭を見ると、2人の外国人が券売機の前でスマホと地下鉄の路線図を見て立ち尽くしています。

目的地の駅を探しているけど見つからなくて困ってる、というのは明らかでした。そりゃあそうです。あの網の目のような地下鉄の路線図は、あまりに複雑すぎて、私だって目がくらみます。

後ろに並んでいた人たちは、咎めるでもなく、助けるでもなく、じっと待っていましたが、そのうち黙って他の列の最後尾に並び直しに行きました。

そして、彼らのことを10メートルくらい離れたところから見ているおじさんが1人。一歩近寄っては離れ、もじもじし、また一歩近寄っては離れ。。。声をかけようかどうしようかと、明らかに葛藤している様子。

こんな光景が、日本の色々なところで繰り広げられているんだろうか、と思って、ちょっとうすら寒いような気持ちになりました。

外国に来て困っている時に、あたりの人が黙って見ているだけで、誰も助けてくれないって、どんな気持ちなんだろうと。

私だったら、冷たい人たちだという印象が強く残って、その国が嫌いになると思います。「彼らはシャイだから助けてくれたくても声が掛けられないんだ」なんて好意的な解釈は、しません。

日本語でもなんでもいいから話しかければいいんじゃないの?

彼らがほしいのは、完璧な英語で道案内してくれることではなくて、どうしたの、助けてあげるよ、という意思表示なんじゃないの?

恥ずかしがってるの?冷たいの?どっちなの?

と、たくさんのはてなマークが頭をよぎりつつ、彼らに声をかけました。

おもしろいことに、私が彼らに話しかけたら、あのもじもじおじさんも近づいてきました。

彼も、困っているガイジンさんを助けてあげたいという気持ちはすごくあったのに、英語の壁が行動を阻んでいたもようです。

でもこれ、日本語とジェスチャーで全然OKな場面ですよね。こんなところでも、英語で話さなくちゃいけないという思い込みがあるのかなあと、ちょっとびっくりします。

2020年に向けて、海外から来る人たちを”おもてなし”するためにまず必要なのは、外国人とのコミュニケーションに関して、こういう間違った思い込みに捉われた「マインドセット」を変えることなんじゃないか、と思った出来事でした。