石橋を叩いて渡るという諺がありますが、あなたは、石橋を叩いているうちに、叩くことに夢中になるあまり、そもそも何のために叩いていたのかを忘れてしまった。。。そんな事はないでしょうか?
 
何かしらの目的があって始めたはずなのに、いつのまにか、それをする事自体が目的になってしまっている、みたいなことです。
 
例えば英会話。英語で話せるようになるために英会話スクールに通い始めたはずなのに、スクールに通うことに一生懸命になっていて、学校の外ではちっとも話そうとしない、とか。
 
または、何かを伝えるためのプレゼンなのに、パワポの画像やアニメーションに凝りすぎて、かえって内容が伝わりにくくなってしまったり、とか。
 
こういうことがおこる原因は、二つあると私は考えています。
 
一つは、目的を見失っていること。
 
目的があって、それを達成するためのプロセスも考えて、行動も始めたところまでは良かったけれど、そこに夢中になりすぎて本来の目的を見失ってしまう。。。
 
以前のブログでも書きましたが、人は意外と忘れっぽいので、そもそもどうしてそれをやろうと思ったんだっけ?という、一番大事なはずの目的も、結構忘れたり見失ったりしてしまいます。
 
で、目的を見失うと、どうなるかというと。。。迷走します。
 
つまり、やるべき行動に関して、指針が失われてしまうので、何をやればいいのか、どの程度までやればよいのか、などを判断する基準がなくなってしまって、いつまでもゴールにたどり着けなかったり、余計な回り道をしてしまうのですね。
 
例えば、英語の勉強の中で単語をおぼえるとします。
 
英単語といっても、全部を同じように覚える必要があるわけではありません。
例えば、ビジネスで英語を使いたい人には、学術的な語彙は必要ないかもしれません。
 
また、単語の中にも「読んだり聞いたりしたときに意味が分かればOK」というモノもあれば、発音も意味もスペルも用法もしっかり理解し記憶しておくべき単語もあります。
 
何からやるか、どこまでやるか、自分にとってどこまでが必要十分なのか、は、その人の目的が何であるかによって全く違ってきます。
 
余計な回り道をしない「最短距離」を見出すためにも、常に目的を明確にしておくことが必要なのですね。
 
 
長くなりましたので、手段が目的化してしまう二つ目の原因についてはまた明日。